☆.。.:*・ シューイットナッツ .:*・°☆

その日は朝から強い風が吹く1日だった。
僕はめちゃくちゃになっているであろう髪の毛を
少し気にしながら、
母の注文したマーブル紙を受け取りにクラン・ドイユ(Clin d’Oeil)に急いだ。
いつも買うマーブル紙はまるで青い鳥の羽根を思わせるような模様で
小さな紙屋のクラン・ドイユに常に在庫をおいているわけではなく、
その度に注文して特別に取り寄せるのでいつも入荷するのに数日かかるんだ。
でも母はいざ手元に届くと
注文した事をすっかり忘れているのが常だった。
その紙は職人が一枚一枚作っているという手触りのいい紙で
母のお気にいりだった。
でも何のために注文したか忘れてられしまったその紙は
結局僕のノートや本の装丁に使われる。
いづれ僕の部屋の本棚はこのマーブル柄で
うまってしまうのかもしれない、とこの頃思う。
でも本の装丁をしてくれている時の母は好きなので、
そんなことはどうでもいいんだけど…

僕は近道をしようと
もう何年も前に閉鎖した古びたホテルの横を通った時だった
「あの…」
いつの間にか木の影に青緑のコートを着た少年が立っていた。
僕よりちょっと年下だろうか、
後ろの毛先が一部分黄色がかった不思議な髪型をしている
道に迷ったのかと思って僕が尋ねると
少年はポケットから小さな青いガラスの箱を取り出して僕に渡した。
???
「お父さんがちゃんとお礼をしなさいって。
…ありがとう。これあなたに…」
そう言うとすぐに走って行ってしまった。
僕は訳がわからず、そのガラスの箱をポケットに入れるとクラン・ドイユに急いだ。
(クラン・ドイユは開店時間が短いので油断はできないのだ)
そしてちょっと遠回りだったけど、なくなってしまった学校用のインクを
思い出し、いつもの雑貨屋に足を運んだ

僕はインクの色を選びながらさっきの少年の話をすると
店主はそのもらったガラスの箱を見て
「それはグレナ工房のプレスガラスですよ」と言った。
「グレナ工房?」
「ほら、あの十字路を左にずっといった、丘を1つ越えた
ところにある、ガラス工房です。行った事ありませんか?」
「聞いたことないよ?」
…というかあの丘の向こうは森が広がっていて危ないので
越えてはいけないと学校で言われていた。
「工房なんてあったんだ」
「小さい工房ですからね、昔はとても有名だったんですよ
とても素敵なグラスを作っていたのですが
今はもう職人達を他の工房へ派遣してしまって、
工房長が1人でのんびりやっているみたいですね。
以前はプレスガラスもやっていたそうですけど、
人気がなくて辞めてしまったんです。
私はこの割型のあわせ目がまた好きなんですけどね。
そういえば先日御会いした時に弟子ができたとか
言っていましたね」

へぇ…
僕がそのプレスガラスの蓋を開け
中をそっと覗くと、小さな実が入っていた。
その実は弾けて中身が見えていて、触るとひんやりと
冷たいような気がした。

「シューイットナッツですね」
「シューイットナッツ?」
シューイットナッツというのは、シューイットという名の鳥が好物の木の実らしい。
どこからか集めてくるのでそう呼ばれているとか。
「この固い実は熟すととてもやわらかく、甘くなるんですよ。
シューイットはこの実を何処かに隠して熟すのを
待つんですが、熟した時に放つ甘い香り誘われて
すぐ他の鳥が見つかって食べてしまうので
どんどん隠し方が巧妙になっているのですよ。
今はあんまり見ないですけどね」
実は私も昔こっそり食べたことがあるんです、
なんて店主は笑う。

「私はここらへんでシューイットナッツを見た事が
なかったのでとても懐かしいですね。
どこからこの実を見つけて来たのでしょう。」
 シューイットは頭の後ろの部分に三日月の
ような黄色い柄があるそうですよ、
そう言って店主はメープルシロップを入れたアイスティを出してくれた。

「そういえば以前工房にいったときにかわいらしい
鳥篭がありましてね、工房長は卵を拾ったんだと
言っていましたけど、もしかしたらそこに包まれていた卵は
シューイットのものだったのかもしれませんね、
そうしたらその少年は工房長から
聞いたお弟子さんというのが妥当でしょうか。
でもココウ君は身に覚えがないんですよね?」

三日月の柄…
そう言えばこの前、僕は羽根の傷付いた鳥を
手当して、数日部屋においておいたんだんだっけ
その鳥は元気になったのか、いつの間にかいなく
なっていたけど…
そういえばあの小さな鳥は青い緑の色をしていたっけ
そして頭の後ろの部分の三日月…
そういえばさっきの少年の髪型や格好は、
まるそのシューイットのようだったじゃないか?

僕がその実を持ち上げると、中から何かが
光っているのが見えた

よく見ると青いクラックの入った手作りのガラスの釦。
まるで今日買ったようなマーブル紙のように青く
白く筋が入っている。

とにかく僕はこの実が熟す事を楽しみにしている
という話をして雑貨店を後にした。
さっきの少年が何者だかはわからないけど、
もしかしたらあの少年は鳥(シューイット)だったのかも、
なんて思ってしまった。
でもあの鳥以外に思い当たる事はないし
ー鳥の飼い主?

もしあの少年が実はシューイットで、しかも工房の
弟子だったのだとしたら
彼はマーブルの本棚を見過ぎてしまったのかもしれない

手の中で小さく光る壊れそうなクラックの柄のその釦は
あの本棚から溢れでたような青い色。
彼の目にこんなに綺麗に映っていたのなら
よかったのだけれど…





Item:13
name:シューイットナッツ
シューイットの大好物の実
熟すと甘い
グレナ工房のプレスガラスに
クラックガラスの釦が入っている