☆.。.:*・ ペンシルスコープ .:*・°☆

「私はレシピエントなのです」
彼は語りはじめた。
この男性はさっき公園で知り合った旅行者だ。
無精髭が生えていて、
髪も伸びてちょっとあやしい感じがする
いかにも長旅をしているようなくたびれたトランクと
もとの質のよさがうかがえる着古したコートが印象的だった
だけど笑ったその瞳には
上品な印象を受ける優しい光が見えたんだ

今の季節はこの街には鳥が多い
渡り鳥が旅の途中で休んでいく中継地点なのかもしれない
いろいろな鳥があつまり
そしてまたそれぞれの目的地へ散っていく分岐点
僕はいじわるにも広場でのんびりくつろいでいる鳥達の間を
思いきり走って横断していった
一羽が飛び立つと、あわててみんな飛び立っていく
そんな行動になんだか思わず僕も一緒に飛び立ちそうになる気分になる

一羽もいなくなってしまった広場で
その人はいきなり飛び立った鳥達に驚いたのか
鳥達の消えた空をみあげていたんだ
「すみません」
僕はあやまると男性は僕を見て笑った
「いや、いきなり飛び立ったので驚いてしまって」
恥ずかしそうに脱ぐそのコートには
さっきまで飲んでいただろうコーヒーが全部染み込んでいた

僕の家はここから遠いし、だからといってこのまま放っておく事もできず、
いつもの雑貨店にきてしまった。
そして彼のコートが乾くまでの間
彼が見てきたいろいろな国々の話を聞く事になった

金色に輝く砂浜の国
満月の夜に毎回お祭りを始める小さな街の話
僕達はたまに質問をしながら楽しく彼の話を聞いた。
その声はとても低く、柔らかいく心地よい
そして最後にポツリと
彼は自分の事を語りはじめた

「心臓にも記憶を伝達する物質があるという話を
聞いたことはありませんか?」
驚く僕を見てうなずくとコーヒーを一口飲み、静かに続ける

「私はあると思います。
実際私の心臓は、他の人のものなのです。
去年移植をしていただきました。
そしてそれまでの生活が嘘のように楽になり
こうして夢だった旅行もできる体となりました。
生活に慣れてくるにしたがい、私には1つの
映像が見えるようになったのです。

それはいろいろな色が重なりあり、まるで星の海にいるようなのです。
小さな小さな光はキラキラとまわり、まるでメリーゴーランドのようです。
そして食べ物の好みもかわり、趣味もかわり、まるで違う自分がいるのです。
私には妻子がおりますが、今はもうだいぶ会っておりません。
手紙ももう出しておりません。
連絡もしておりませんし、どこにいるかも知らないでしょう、
もしかしたら私の事をもう忘れているかもしれません。

以前の自分を捨てるわけではないのです
ただ、あの映像を探したいのです。
あの映像を手にいれられれば安心するような気がするのです。
誰かが待っていてくれるような気がするのです。
医師に訪ねても、提供者は教えて頂けません、ですが私は知りたいのです
今私を生かしているこの方の世界を…」

小さな光がキラキラとまわり、まるでメリーゴーランド、、、、
「僕もそんな物をこの前見たよ!」
僕は店の奥からこの前みつけた物を持ってくる
「ほら万華鏡さ!」
彼は僕の持ってきた小さな万華鏡を手に取ると
不思議そうに見合わした
「僕もこの前これを見てそんな事思ったんだ」
少し古いそれは、丸いガラス玉が先についてる万華鏡だった
とても簡単にできていて、僕達にも手軽に買えるペンシルスコープなんだ
外の世界をたちまち光の世界にかえる魔法の道具。
本物の万華鏡にはかなわないけど、僕はきっとそれだと思う
去年展覧会があって、その時みた望遠鏡のような万華鏡は
本当に星の海のようだったんだから
彼に見方を教えて中をみてもらうと
「、、、わかりません、しかし、そうなのかもしれません」
曖昧な答えがかえってきた

ちぇ、

がっかりした僕を見て店主が笑った
そして彼を見てコーヒーの2杯目を注ぐ
「あなたはずっと旅をし続けるおつもりですか?」
店主の優しい声は彼の心に響く
「私もいづれは帰らなければと思っているのですが」
僕が万華鏡を覗いていると店主が見えた
「あなたの記憶はあなたのものです
そしてその方の記憶はその方のものです。
あなたはせっかくもらったこれからの人生を
あなたはあなたとしてではなく、その方として生きるのは
以前のあなたが少し、可哀想ですね」

店主の着ている青い生地に
ベージュ色の刺繍、金の星に緑の花
僕はくるくると回す

彼は静かに言った
「私はただ、別の人生を生きたかっただけなのかもしれません。」


万華鏡から見えるキラキラした光は屈折して反射して模様がうまれる
まるで煌めくその光はみんなの心のようだ
光が重なり合って
輝きあい影になり少しのゆらめきで全くの別の顔になる
僕達は光を求めてさまよう

「きっと奥様たちはあなたの帰りを待っていると思いますよ。」

万華鏡をはずした僕の目の前には
さっきまでいた「旅行者」ではなく
どこにでもいるような優しい瞳の
「お父さん」がいた

僕は彼を駅まで案内すると
彼は僕にもう少し先の街までいって
そして家へ帰る事を約束して列車に乗った

出発した列車の空にはまるで彼を送るように鳥たちが飛んでいる
もしかしたら旅の方向が一緒なのかもしれない

僕はペンシルスコープを覗きながら家まで歩いた

世界はなんて美しいんだろう





Item:08
name:ペンシルスコープ
外の世界をたちまち光の世界にかえる
魔法の道具